| 所在地 | |||
| 松山市丸の内1 【地図】 | ||||
| TEL | ||||
| 089-921-4873 | ||||
| ホームページ | ||||
| ---- | ||||
| アクセス | ||||
| 大街道駅より徒歩5分 | ||||
| 休館日 | ||||
| 12月29日(大掃除のため) | ||||
| 開館時間 | ||||
| 概ね9:00〜17:00 (季節によって異なる) | ||||
| 入館料 | ||||
| 大人1000円 小人400円 (ロープウェイ乗車券+城閣入場料) |
松山市内の中心部勝山山頂(標高132m)にそびえ立つお城が松山城です。松山城は1602年に徳川家康家臣「加藤嘉明」により26年の歳月をかけて建築されました。
加藤嘉明は豊臣秀吉の重臣でしたが、関ヶ原の戦いでは徳川方に組し、多大な武勲を立てた戦国武将の一人です。またこの地を「松山」と名づけたのも加藤嘉明であり、以後公式に松山という地名が認められていきます。
松山城は姫路城、和歌山城とともに日本三大連立式平山城の一つそして国の重要文化財に指定されています。道後温泉から市内電車で10分程度ですので、観光として是非行っておきたいスポットです。
加藤嘉明は豊臣秀吉の重臣でしたが、関ヶ原の戦いでは徳川方に組し、多大な武勲を立てた戦国武将の一人です。またこの地を「松山」と名づけたのも加藤嘉明であり、以後公式に松山という地名が認められていきます。
松山城は姫路城、和歌山城とともに日本三大連立式平山城の一つそして国の重要文化財に指定されています。道後温泉から市内電車で10分程度ですので、観光として是非行っておきたいスポットです。
| 行きはリフト。帰りはロープウェイで! | ||
松山城は標高132mの勝山の山頂にあり、登るにはロープウェイかリフトが便利です。料金はリフトもロープウェイも同じで、乗車券はロープウェイ口にて販売しています。 私が取材に行ったときは天気が良かったので、登りはリフトで、帰りはロープウェイにしてみました。季節の風を感じることができるリフトがとても良かったです。 | リフト(上) ロープウェイ(下) | |
| なかなかたどり着かない天守閣 | ||
ロープウェイを降りてすぐ天守閣と思いきや、右へ左へと折れ曲がる道が待ち構えています。途中には「一ノ門」「二ノ門」「三ノ門」などいくつもの門があり強固な守備を維持できる城構えになっています。 城の門は通常一度に少人数しか通ることができないような造りになっています。これは大人数で攻めてきた敵を少数で互角に戦えるように考えられており、いわば兵力差をなくす利点を持っています。また、進入してきた敵を正面から、門の上から、石垣からと一挙に殲滅できるという利点も兼ね備えています。 | 松山城 一ノ門 | |
| 眺めの良さは松山一! | ||
松山城へ上がるとその眺めの良さにビックリ。天守へ向かう途中の石垣からは、松山市内と瀬戸内海が一望できます。 | ||
松山城の天守閣へ向かう途中の石垣の上から見た風景(写真をつなげてみました) | ||
| 松山城の築城は「松山」という地名の由来にもなった?! | ||
松山城が築城されるまでは「松山」という地名はありませんでした。松山城が建っている山は「勝山」といい、築城当初、「勝山城」にしようという案があったそうです。 ところが、この勝山には神社があり、「勝山」という名前を使うことは恐れ多いことということで、松平家の「松」の字をいただいて「松山」としたのが、地名「松山」の由来となりました。 松山城は「加藤嘉明」が築城し始めましたが転藩、その後「蒲生忠知」が藩主となりますが病死、直後「松平定行」が藩主となり「松平家」が明治維新まで松山藩を治めることとなります。 | ||

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松山城 一ノ門
松山城の天守閣へ向かう途中の石垣の上から見た風景(写真をつなげてみました)