2007年11月04日

13 「一草庵」の紹介


一草庵  (いっそうあん)
一草庵
放浪の俳人「種田山頭火」が晩年を過ごした場所
所在地
松山市御幸1-455 【地図】
TEL
089-948-6603
ホームページ
http://www.city.matsuyama.ehime.jp/
kybunka/shisetsu/
issouan.html
アクセス
赤十字病院前駅から徒歩10分
休館日
詳細は下記
開館時間
詳細は下記
入館料
無料

 明治から昭和にかけて激動の人生を送った放浪の俳人「種田山頭火」が晩年を過ごした場所です。

彼は昭和14年から四国遍路に旅立ち、途中金欠のため道後温泉に近い松山を人生終焉の地として、御幸寺境内の納屋を改造し、酒と句作三昧の日々を過ごしたそうです。

 通常は外観だけの見学ですが、5月1日〜3日と11月1日〜3日の年2回、一草庵内部が公開されます。地元の人でも一草庵内部に入ったことはないので、もしその時期に道後温泉に旅行するならば、あなたはかなり幸運です。

 種田山頭火 波乱万丈の人生とは・・・
 明治15年山口県西佐波令村にて生まれました。彼の人生はまさに不幸の連続。現代人には想像も付かないぐらいの苦しみと挫折を耐え忍びながら生き抜きました。

最初の不幸は山頭火が11歳のとき、母が自殺から始まります。高等学校を卒業後、早稲田大学に入学しますが、神経衰弱のため中退し、山口に帰省、実家の酒屋を手伝うこととなります。しかしこの酒屋も長くは続かず、父の放蕩と酒癖により、破産に追い込まれてしまいました。

その後山頭火は古本屋を営みますが経営が上手く行かず遂には妻と離婚し妻子を捨て東京へ上京します。程なくして父と弟が相次いで自殺し、彼自身も関東大震災に遭遇、熊本の妻子の実家へ逃げ帰り自殺未遂を起こしてしまいます。

一命を取り留めた山頭火は出家し、以後に西日本を中心に俳作の旅に出ます。最後は金欠のため松山にて生涯を終えることとなりますが、彼にとって松山は人生で初めて安住の地となった場所ではないでしょうか。


posted by あっくん at 05:13 | 道後・松山観光