2007年11月17日

夏目漱石の軌跡05 「愚陀仏庵(復元)」を訪れて・・・


愚陀仏庵(復元)  (ぐだぶつあん ふくげん)
愚陀仏庵(復元)
所在地 松山市一番町3-3-7 【地図】 休館日 月曜日
TEL 089-921-3711 開館時間 9:00〜17:00
ホームページ ---- 入館料 無料
アクセス 大街道駅より徒歩3分 備考 お茶席は300円

 漱石と子規が暮らしていた愚陀仏庵は第2次世界大戦の戦火にて焼失してしまいましたが、愚陀仏庵の当時の資料を元に、昭和58年3月に萬翠荘裏手に復元されました。

またこの場所は 「愚陀仏庵」「萬翠荘」「愛松亭跡」「坂の上の雲ミュージアム」と4つの観光スポットが集中しており、休日ともなると大勢の観光客でにぎわいます。

4月〜11月の土・日・祝日には茶席(一服300円)が設けられますので、一服しながら凛とした閑静な木々のざわめきと愚陀仏庵を堪能してみてはいかがでしょう。

 子規との共同生活にて漱石が得たもの
 1階に住んでいた子規は、毎日のように俳句の門下生(松風会)を集めて俳句の指導をしていたようです。・・・と言えば聞こえがいいようですが、実際のところドンチャン騒ぎに近かったとか??

漱石も最初は「うるさい」と迷惑に思っていたそうですが、徐々に漱石も松風会の輪に入り、子規から俳句の手ほどきを受けました。このようにして漱石は俳句にのめりこんで行き、松風会のメンバーと親交を深めていくことになります。

漱石がこの52日間の共同生活で得た最大のものは、松風会の「高浜虚子」との親交です。漱石の処女作「吾輩は猫である」の執筆を依頼したのは高浜虚子であり、虚子が出版していた俳句誌「ほとゝぎす」に掲載し、好評を博しました。


posted by あっくん at 01:05 | 夏目漱石の軌跡をを訪ねて・・・