道後商店街振興組合 理事長の石丸さんに聞くハイカラ通り
道後温泉旅行.comサイトは、「観光地域と旅行客とのつながり」を第一のコンセプトに、 より観光地域に密着した情報配信を行っていきます。 その第1段として2007年10月29日、道後商店街振興組合理事長の 石丸さん(ハイカラ通り内「葵屋」の店主)にご多忙の中、 貴重なお時間をいただき取材させていただきました。 取材のアポイントを取る際、振興組合の理事長さんとお伺いしていたので いささか緊張していましたが、 右の写真をご覧頂いてもお分かりの通り非常に気さくで「オシャレ」な方だなと、 いい意味で意表を付かれました(笑)。 石丸さんから伝わってきくるオーラからも、 ハイカラ通りの活気がビンビン伝わってくるような感じがします。 | 葵屋店主の石丸さん(左)と私(右) |
もっとハイカラに!99%の店舗で電子マネーEdyが使える!
道後商店街の呼称を「ハイカラ通り」と発表したのは2001年のこと。 それまでは前述の「道後商店街」という名前だけでした。 しかし時代は移り変わり、道後商店街を観光客の方にもっと身近に感じていただくために 覚えやすい愛称を・・・ということで「ハイカラ通り」となりました。 今では地元の方にも観光客の方にも「ハイカラ通り」という名前が浸透してきています。 「ハイカラ」とは 古きよき伝統や文化を大切にしつつ、新しいものを取り入れ、 独自の文化を作り上げるいわゆる「モダン」をイメージして使われる言葉です。 この概念を踏まえ、道後商店街も古きよき伝統を守りつつも、 時代の流れに呼応して新しいものをどんどん取り入れていくということが、 ハイカラ通り一番のコンセプトだそうです。 | ハイカラ通り 昼と夜 |
その一環として、例えば電子マネー「Edy(エディ)」の導入が挙げられます。 ハイカラ通りの99%の店舗ではEdyを導入しており、 旅館宿泊客は大きなバッグを持ち歩くことなく、 浴衣に携帯という軽装で自由にお買い物ができるようになりました。 | |
ハイカラ通り誕生秘話 「坊っちゃん列車」開通式をジャック?!
道後商店街の愛称が「ハイカラ通り」に決まったのが2001年。 折りしもこの年は伊予鉄道の路面電車に「坊っちゃん列車」が復活するという 記念すべき年でもありました。 これは「ハイカラ通り」という名前を全国にアピールできるチャンスだ! ・・・と道後商店街振興組合の人たちは考えたそうです。 坊っちゃん列車開通日当日、開通式のオープニングセレモニーの後 坊っちゃん列車1号車は松山市市長と、 シドニー五輪金メダリストの高橋尚子さん、 そして小出監督を乗せて道後温泉駅に向けて出発しました。 午前10時、道後温泉駅に到着した坊っちゃん列車を待ち受けていたのは、 「ハイカラ通りネーミング発表式」だったのです。 | 坊っちゃん列車とハイカラ通り入口 |
このことは松山市市長も知らなかったそうです。 つまり「ハイカラ通りネーミング発表式」は秘密裏に準備が進められ、 市長以下、坊っちゃん列車開通式に参加した人々を非常にびっくりさせたのと同時に、 センセーショナルなイベントとなりました。 ネーミング発表式のテープカットの後、 ハイカラ通りに敷き詰められた赤じゅうたんの上を、 道後温泉の各旅館の女将さんたちが、西洋の社交会を髣髴させるようなドレスを身にまとい、 ワルツやタンゴの曲に乗せて行進しました。 こうして、愛媛・松山の人たち、そして全国に「道後ハイカラ通り」 という名前が広く知れ渡たる事となりました。 | |
ハイカラ通り取材 後日談・・・
古き良きものを守りつつも、時代遅れにならないよう常に新しい物を取り入れていく「モダンでハイカラ」な姿勢。今の日本が忘かけている一番大切なものが、ここ道後にあるのではないかと感じずにはいられません。
この度、道後温泉そして石丸さんの取材を通し、ハイカラ通りは今後ますます発展していくのだろうなと確信のようなものを感じました。
これから道後へ旅行される皆様、道後のモダンなハイカライズムを肌で感じてみてください。あなたが求めていた「何か」がきっと見つかるはず・・・大げさかな(笑)。
この度、道後温泉そして石丸さんの取材を通し、ハイカラ通りは今後ますます発展していくのだろうなと確信のようなものを感じました。
これから道後へ旅行される皆様、道後のモダンなハイカライズムを肌で感じてみてください。あなたが求めていた「何か」がきっと見つかるはず・・・大げさかな(笑)。

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